2010年05月10日

出来た人物

客観性を欠いた判断を主観的判断と言いますが、その主観的に感じた
ことを客観的事実に照合させられる「出来た人物」は、そう多くない
と感じます。

「あなたがイヤミったらしく言うから・・・」
「わたしを丸めこもうとしているから・・・」
「あなたが挑発的な言い方をするから・・・」


だからわたしは(実に自然で素直な反応として)、


「悲しくなったんだ」
「心を閉ざしたんだ」
「怒りが湧いたんだ」


というように、自分は相手によって平安な気持ちを破壊され、要らぬ
感情を引き起こされた被害者でしかないと正当化する心で身を固めよう
とします。

そのように、固めた概念を持った瞬間に、自己愛に満ちた自分の視界
まで覆い隠す正義の甲冑を身に纏(まと)うようになるのです。

こうなったら、相手は分からず屋のへそ曲がりな強情っぱリにしか
見えなくなります。

そこに如何なる、正論をぶつけようが、もっともらしい理屈を並べ立て
ようが拗(こじ)れる一方です。


そこで、もう一度冒頭の部分を読み返して見て下さい。

「あなたがイヤミったらしく言うから・・・」
「わたしを丸めこもうとしているから・・・」
「あなたが挑発的な言い方をするから・・・」

この時点では、まだ事実とは言えません。自分が主観的に感じただけ
の認識に留まります。

実際は、どんな思いで語ったのか?行動したのか?の真相は心が目に
見えない訳ですから、直に相手などに客観的事実を訊くしかないの
です。

客観的判断を欠いて、自分が主観的に感じたことを、事実と信じ込む
ことで誤解と衝突、悲しみや怒りの種を植えているのだと思います。

事実を確認するまで、慌てず、騒がず、いら立つことのない寛容さと
忍耐の愛の器の「出来た人物」を目指したいものですね。



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posted by 桃缶 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 家庭・日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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