2010年06月06日

良い日も悪い日も

生きて行くとは・・・

行ったり来たり
寝たり起きたり
食べたり出したりたらーっ(汗)
良かったり悪かったり


日頃寝てばかりいたいと望んでも、良いことばかりを願っても
そうは行かないものですし、中にはそうなること自体が偏りとなり
悪化することも多かったりします。

Reflection of Autumn / Lida Rose


天気においても晴れた日ばかりを望んでも叶うことはありませんし、
それを望むこと自体が不自然であり、要らぬ葛藤を生むだけです。


ですから人生においても嘆かず、焦らず、悲観せず
無い時は無いなりに、不調な時は不調なりに
そこと如何に付き合っていくか


如何なる時でも感謝と希望を持てる調節力とそこから学べる柔軟性は
生きて行く上で大切ですね。



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posted by 桃缶 at 19:47| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

見えぬ働きを見る生活

わたし達は自分で「思った

通りに行動しているようで、

実は「(なんとなく)思わされた」方向に行動していることが

行動の大半だと聞きます。



思った」張本人が自分自身であることを疑う必要はありません。

しかし・・・

思わされた」ことまでも、自分の判断だと信じることは、
正しい判断とは言えないかも知れません。



上記と似た話で、意識して行動していることよりも、

無意識で行動していることの方が圧倒的に多いという

心理学者がいます。


いずれにせよ、「思わされた」、「無意識」という部分を
いかに取り扱うのかは、非常に大事なことのように感じます。

それが、良いことであれば、もちろん自分の手柄にするのではなく、
見えない何かの働きに感謝して、天に畏敬の心を向けたいものです。

さらに、それがたとえ自分にとっては苦痛であったり、災難であっても
現象のままに心を乱して、恨み事を吐いたり、いたずらに怒りや憎しみ
を露わにすることは、決して賢明な選択とは言えません。

地上に生きるわたし達は、見えない何かの働きやその動機までも、
良くも悪くも左右できる権限をもっているのかも知れません。

Magic-Tree II / h.koppdelaney


肉体をまとっている価値と言うのは、わたし達が想像する以上の
素晴らしい価値があると信じて、
貴い今を生きたいものです。



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posted by 桃缶 at 21:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 家庭・日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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