2013年04月09日

感謝と満足

愛する子どもが父母の前で死んで行くとすれば、誰が不憫でしょうか。

もちろん、父母よりも先に死んでしまう子どもは不憫ですが、その子どもを見つめる父母はもっと不憫です。

けれども、死に直面している子どもが、
現実に押し潰されそうな状態の中にあったとしても、
自分以上に自分が死んだことに悲しみと苦痛を感じる父母がいることを知って、
何らかの形で父母を慰労するメッセージを残そうとしたとするならば・・・・・・。


その子どもの行為は、結果的に父母と子どもの両方を慰労するのだと思います。


父母と共にあった人生が、
父母の子どもとして生きたことが、
最高の喜びであり、感謝だったことを回想する中で

子どもの心の中にあった不安や恐れは、いつしか慰労され愛情へと変わり・・・・・・。


底の見えない悲しみの沼地に沈みゆく悲惨な父母の心は、
子どもの労わりのメッセージによって、
父母へ希望と慰労のロープを投じます。


全てを感謝し、満足する心は、悪魔サタンとて断ち切られるのだと信じます。




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2013年03月19日

木と実り

何のために木は同じ場所でじっと耐えるのか?
厳しい日照りに耐え、激しい暴風雨にも耐え、凍える寒さに耐え・・・
何のためにそこで耐えるのか?
実を実らせるために。

木は何によって名前が決まるのか?
林檎の木、柿の木、栗の木、梨の木・・・様々な木がある。
果実によって、その木が何の木であるのかが、誰の目にも明らかになる。
木の名前は果実で決まる。

何故焦らずに木はどっしりと構えているのか?
花のない桜の木が街路樹として悠然としているのは、
花が咲くほんの僅かなときを、人が楽しみにしているのを知っているのだ。
その期待が、木も人も気長にさせる。

耐えた期間は、実りの時に一気に報われる。
その時、やっと木は評価される。

実りのために、どんな代価を払おうか?
実りのために、変わらずに耐えうるか?

小さな実を自分から切り離さない限り、実は着実に成長する。
未熟のままでうっかり落下させないように優しく育てよう。

そして、ついに実が熟した時、完全に自分から切り離して心から喜ぼう!
その実は、自分から自律した神の栄光なのだから。

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2011年03月11日

死して残るもの

「もしあたしの心臓がいつか鼓動を止めてしまったら、どうなるの?」

「その時は、お前の時間もおしまいになる。あるいは、こういう風にも言えるかも知れないね。お前自身は、お前の生きた年月の全てをさかのぼる存在になるのだ。(以下省略)」

「モモ」/ミヒャエル・エンデ作より抜粋


「生きた年月の全てをさかのぼる存在」・・・・・・これが自分。

「あれをやりたいと思い続けたが環境がそれを許さなかった」などともっともらしい理由を付けてみたとしても、さかのぼればその部分も含めて自分の偽らざる存在そのものと言うことですね。


「これだけ時間があるじゃないか」とわずかな毎日の時間を積み重ねて何かを達成することも、「これしか時間がないから始められなかった」と結局何もやらないで年齢だけ重ねていくのも全て「自分」が決めてます。



「ここに時間がありますよ」、「始めるには今がチャンスですよ」

などと言ってくれる時間は、いくら待っても来やしません。
なぜなら時間はあるものではなく、自分から作るものだからです。

やることが明確でそれに本気であれば、時間の使い方が自ずと変わります。

逆にただ何となく生きている人は、ただ何となく流れているテレビに目が行き、ただ何となく見ていて、気付いたら何となく1日が過ぎてしまい・・・・
「あら!もうこんな時間!」

で、あとは歯を磨いて寝るだけです。

この繰り返しで、おしまいです。


たった一度の自分の人生です。

言い訳のない生き方をしたいものです。




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