2009年09月30日

暗闇(中)

盲人として生まれ、光のない世界で一生涯を暮らすことを、想像すれば
するほど過酷なことだと思います。

東京では盲人用の音声信号、道路や駅構内の誘導ブロック敷設、車い
す用のスロープなど地方よりはバリアフリーを多く見かけます。
だからと言って、家から職場まで目隠しでも行けるかと言われれば、
とても無理です。
健常者が、視覚障害者や他の障害をお持ちの方の立場をよく理解した
上で、町作りをしていくのは難しい問題が多いだろうと思います。

どんな人でも病気や怪我をすれば、健康の大切さを振り返り、見直す
チャンスはあります。
しかし、光のない生活を長期的に体験する人は滅多に居ません。
ですから、朝起きてから寝るまで、見えていることに感謝する機会は
とても少ないです。

I Will Follow You Into The Dark / manu_el_o_matic!

いいえ、例えそのチャンスが与えられたとしても、生まれ持って見えな
い方と、ある一定期間だけ見えない方では、根本的に違うと思います。



・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
ご覧頂き感謝です。
宜しければ左斜め下クリックにご協力お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村
・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
posted by 桃缶 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月29日

暗闇(上)

実は(と言うものなのか?)わたしは幼少の頃まで、まつ毛目ゆえに
稀有な困難が多かったです。

元々まつ毛の量が多かった(ちなみに髪の量も多い)上に、それが眼球
に向かって生える『逆さまつ毛』だったので、目にバイ菌が入り
『目やに』で目が開かなくなることもしばしばでした。
ですから、まつ毛が目に入らないように日課として母親のビューラー
で対処してましたが、結局は上手く行かず付き添いの祖母と共に、
一か月間の入院となりました。
入院中は、手術後にバイ菌が入らないように、常に目には包帯を巻かれ
た状態だったので、ベッドの上で生活しておりました。

体は至って元気なのに、ベットに坐ったり、寝そべっているしかない
病院生活は苦痛でしたが、それ以上に苦痛だったのは、来る日も来る日
も光のない真っ暗な世界で過ごすしかなかったことでした。

dark side of the moon / alobar77

そのような中にいると時折、言い知れぬ不安と恐怖に駆られて、隣の
祖母にしがみ付いてむせび泣くこともありました。

『見えないくせに、涙だけは流れるんだもうやだ〜(悲しい顔)
などと恨めしく思ったものです。

退院後は、母親よりも愛用していたビューラーとも無事に卒業して、
幸いにも今日まで、一日も見えない生活を経験することはありません。

しかし、一ヶ月間の光のない生活の記憶は、今も忘れません。

イエスは彼にむかって言われた、『わたしに何をしてほしいのか』。
その盲人は言った、『先生、見えるようになることです』。
そこでイエスは言われた、『行け、あなたの信仰があなたを救った』。
すると彼は、たちまち見えるようになり、イエスに従って行った。
マルコ10:51〜52



・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
ご覧頂き感謝です。
宜しければ左斜め下クリックにご協力お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村
・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
posted by 桃缶 at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月27日

水晶のように

見よ、主の手が短くて、救い得ないのではない。
その耳が鈍くて聞き得ないのでもない。ただ、あなたがたの不義が
あなたがたと、あなたがたの神との間を隔てたのだ。
またあなたがたの罪が
主の顔をおおったために、お聞きにならないのだ。
イザヤ59:1〜2



遊びがエスカレートして、ガラスが割れたり、家具が壊れたり、壁に穴
が開いたり、マッチで遊んでたら燃え広がって絨毯やカーテンを焼き焦
がしたり・・・ふらふら

親にすぐに正直に言うことができずに日が経ったり、下手な隠蔽工作を
講じて秘密を作ったり、嘘をついたり・・・

いつもと変わらない親の表情や接し方であるはずなのに、気も漫(そぞ)
ろで不安を感じて怯えたり、怖く思ったりして、結局は堪らず泣きなが
ら聞かれもしてない秘密や嘘を正直に話した苦〜い経験があります。

決まってそんな時は、びっくりするほど優しく、温かい父母の反応であ
ることが多くて、ほっとした拍子でもうやだ〜(悲しい顔)さらに泣けたものです。

アダムとエバが神様の戒めを破った後に、神様の足音を聞いて恐れて
身を隠したとありますが、神様を恐れたのは、実は神様の状態が変化
したのではなく、自分たちの犯した罪ゆえに、神様を怖く感じさせた
のだと思います。


『ただ、あなたがたの不義が
あなたがたと、あなたがたの神との間を隔てたのだ。』


Crystal ball, exterior / Bitterjug

水晶のような、透明性のある者となることを
神様は人類始祖以降ずっと待って下さっているのですね。



・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
ご覧頂き感謝です。
宜しければ左斜め下クリックにご協力お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村
・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
posted by 桃缶 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。