2009年07月23日

全能よりも

おかしな哲学を持ち込まなければ、自分は疑いもなく存在しています。

聖書を読んで「神様が人を創造された」と知って、もちろん悲しくは
ないですが、わたしは不安でした。
神様が全能であり、大いなる力をお持ちであると、知れば知るほど
「そんなに偉大な方が、わたし達を創る必要がお有りなのだろうか?」
「別に居てもいいし、居なくてもいい。そもそも居なくなったからとて
不都合が生じるのだろうか?ましてや、悲しいのだろうか?」
などの疑問が次々と湧くのです。

統一原理に出会うまでは、「全能なる神」のイメージは、やはり・・・
「全能ゆえに創ってみた」という印象が強かったです。


「愛」という言葉は、
二つ以上の存在があって初めて成り立つ言葉です。
いくら「私は愛している」と言っても、
何を愛しているのか分からなければ、それは意味を成しません。

いくら神様が全能だといっても、神様お一人では愛することはできない
のです。だからこそ、神様はご自分が愛する対象として、
この世界を創造されたのです。
幸せの結婚へのパスポート:人生の目的と真の愛


愛は一人では成されないのです。愛はどこから出てくるのですか。
「私」から出てくるのではなく相対から来るのです。
相対から出てくるので、「私」が頭を低くして相対のために尽くさなけ
ればならないのです。『真の家庭』


愛が最高であると悟られ、愛を最高位に置かれ、創造を開始した。

わたし達は、居ても居なくてもどうでもいい存在どころか、興亡盛衰の
いかなる時も神様と運命共同体である・・・神様は親であった。
自己の最高のアイデンティティ(identity)を示された瞬間でした。


・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
ご覧頂き感謝です。
宜しければ左斜め下クリックにご協力お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村
・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
posted by 桃缶 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日

大横綱(下)

「将来あんなに体が大きくなったら、お相撲さんになりたいなぁ」
と実家で相撲観戦しながら思った事もありました。

現在、わたしは妻から
「食べさせてない様に見えるから、もう少し太って欲しいなぁ」
と言われるほど頬もこけて痩せてますので、お相撲さんとは、遥か遠く
かけ離れた世界に住んでおります。


「やる気に漲(みなぎ)っている時」と「気力も出ない時」
日々体調が違うように、心も常に前者であるとは限りません。

わたしも、調子の悪い時は悪いなりに、その状態を認めつつ、上手く
乗り切るように心掛けています。わたし自身は痩せてますが・・・
きっとこれは「痩せ我慢」とは違う種類だと思ってます。

満身創痍で優勝を掴み取った横綱は、自分を良く知って、良く使う術を
心得ていたと思います。
逆に、「勝負に勝って、試合に負けた」と言う様な、調子が良いにも
拘らず、肝心な場面で、負ける力士もいます。
試合を優勢に進めて、最後「うっちゃり」で負けたとかです。

わたしの力士の夢は、瞬間的に消えましたが学ぶことは多いです。

常にあるべき状態に持っていける、一定の状態から決して崩れない。

そこだけ見ても90歳の文先生は、偉大な大横綱です。
もちろん実際の相撲も大変お強かったそうです。



・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
ご覧頂き感謝です。
宜しければ左斜め下クリックにご協力お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村
・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
posted by 桃缶 at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月16日

大横綱(上)

わたしの亡くなった父は、大相撲が好きだったので、実家では、大相撲
がある時は、弟も含め、男三人でテレビ観戦でした。

小さく、軽量な力士が巨大な外国人力士のボクシングのように飛んで
くる張り手を上手くかわし、素早く懐に潜り込み、まわしのいい所を
サッと掴んで、「どっす〜ん」と転がす姿に惚れ惚れしたものです。

大相撲千秋楽までの15日間、今の巨漢化した力士同士のぶつかり合い
の中で、毎日を万全で土俵に上がるなど不可能だと思います。
今場所に臨む前から、仕上がりが万全ではなかったり、古傷が傷むのを
我慢していたり、さらに、場所中に怪我をしてしまって、その翌日から
包帯をグルグル巻いて休まずに出続ける力士もいます。

そこに加えて、生活上のトラブルや悩み、角番で後がない大関、綱とり
や連勝記録が懸かってたり心的なストレスもあるものです。

そんな中で、いつも優勝している横綱は総合的に強いのだと思います。

そして、そのいつも危なげなく白星を重ねる大横綱が、初日から黒星を
喫したり、普段相手にしない力士に土俵際まで追い込まれたりする様な
いわゆる、素人目にも本調子でないとわかる場所があります。

しかし、そんな時でも腐らず、段々と調子を上げて優勝して行く姿は
非常に心打ちます。何か調子の悪さまで味方にしてる様に見えました。



・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
ご覧頂き感謝です。
宜しければ左斜め下クリックにご協力お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村
・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・
posted by 桃缶 at 00:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。