しかし、実際に父親や母親が子供を愛した(と思っている)行為が、子供には不安や緊張、または心配として伝わるケースもままある。
それは、親である父と母が対立し、お互いに葛藤し、いがみ合っているケースだ。
自立前の子供にとって親は自分の生き死に関わる絶対的な存在である。
そんな存在である父と母の間に流れる不穏な空気を感じ取ることなど子供にとって造作もないだろう。
ですから対立した状態のまま父は父なりに、母は母なりに子供を愛する(と錯覚している)行為は、子供にしてみれば親のケンカに突如引き入れられることになり・・・
母からプレゼントを貰おうものなら、父が葛藤し、
父と食事にでも出かけようものなら、母が嫉妬する。
このそれぞれの突き刺すような視線を感じつつ「受け入れることも、拒否することもできない」究極の選択を迫られるというおぞましい苦しみを味わうことになる。
くわばらくわばら・・・
家族は夫婦から始まる。
家族が増えても家庭の中心は夫婦である。
だからこそ、夫は妻に対し、妻は夫に対しへつらうことも蔑(さげす)むことも無く信頼し尊敬することが肝要であり、その夫婦の位置関係は水平とも言える。
そして、愛は直短距離の垂直に降りてくるのなら、水平であれば子供は親からの愛情をふんだんに受けることができる。
しかし、上述のような対立している状態は傾いでいるため、愛情(らしきもの)が斜めに流れているようなものだ。
ここで明言するが対立している夫婦の双方からの子供への行為は、愛ではない。
夫であれば、妻への腹いせだったり、自分への気晴らし・・・
妻であれば、夫へのあて付けだったり、自分への励まし・慰め・・・
そんなものを、受けて育った子供が健全に育つはずがない。
まずは、夫婦が信頼と尊敬を取り戻すことが先決だ。
それを、なおざりにして子供に向かうのは不健全極まりない。
自戒の念を込めてここに記す。
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